フィルムからフィルムまで #3
《風のある道 (1959)》
あらすじ
三姉妹の次女である竹島直子は、長女の挙式をきっかけに婚約者・矢田光介との関係について悩みはじめた。華道の家元後継者、かつ容姿も端麗。非の打ち所がないように見えるものの、どこか打算的な冷たさも感じさせる。そんなおり光介の新作発表会にて、下町の児童施設で教師をつとめる小林甚吉と知り合う。誠実で飾らない人柄の彼に、直子は急速に惹かれてゆき……。(原作:川端康成)
※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。
もうじき分れ道ね——まっすぐ行けば羽田、左へ曲がれば横浜。
重厚な石造りの建築の立ちならぶ都心のひろい道路を走りぬけてゆく車。
風景とともに、目のまえには高速回転するタイヤがみえている。
というのも、かなり地面に近い、低いアングルからの映像なのだ。
つづいて、車内から窓外を眺めるようなカット。
窓枠に引っかけられたハンガーには、繊細なつくりのドレスがかかっている。
いきなりの急ブレーキ。
外から聞こえてくる犬の鳴き声。
タクシーのドアを開けて出てゆく華やかな着物姿の次女・直子。
後方からは車がつぎつぎとやってきて、渋滞のはじまりを形成してゆく。
クラクションと罵声のなか、鳴いている子犬に駆けよる直子。命に別状はなさそうだけれども、足を引きずっている。
(しゃがみこみ、なでてやりながら)まあ、かわいそうにねえ。
(タクシーの運転手、車から乗り出して苛だたしげに)どうせ野良犬ですよ、ほっといたって死にやしませんよ。
(子犬を抱きかかえつつ)だめよ、私達の車がひいたんですもの——ごめんなさいね、泣かないで泣かないで。今ね、お医者様へ連れてってあげますからね。
(三女、ドレスを持って急かすように)早く乗りなさいってば直子お姉さま、式が始まるまでもう30分もないのよ。これが届かなかったらどうなると思って?
式場の控え室。まぎわになって直しに出したりするからよ、と母親が長女をたしなめれば、だってあのままじゃ恥ずかしくって着られやしないわ、とファッションモデルの新婦は言い返す。
結婚衣装より犬のケガ——こいつはヒューマニズムだね。長身でハンサムな貿易商の新郎がつぶやく。いかにも直ちゃんらしい、いい話じゃないか。フォローする直子の婚約者・矢田光介。だが新郎は光介の計算高い一面を、チクリと指摘する。それを受けた隙のない着物すがたの新郎の母親が、ねっとりと一言。
そうねえ……光介さんって案外、見た目と違ったものがどこかに隠されてるみたいね。
華道・矢田流の家元を母にもつ光介は、文字どおり華やかな世界に生きている。百貨店で展覧会を催せば、ストライプのスーツを着こなして、愛想よく記者の取材に応じる。ビジネスの才覚もあり、ショールームを兼ねたモダンな建築の矢田会館を設立、LAの興行主と組んでアメリカでの展示も企画したりする。女性のエスコートにも如才がない。
そのいっぽうで、密かにコンプレックスを抱えてもいる。自らの才能の限界を知っており、自分よりも母に華道の実力を買われている直子を、ゆくゆくは矢田流の繁栄のために利用しようともくろんでいる。
かたや、展覧会でこどもが起こしたトラブルをきっかけに直子と知り合うことになる小林甚吉は、南千住の川沿いにある障害児施設“みどり学園”で、住みこみの教師をしている。
校舎は年季の入った木造家屋で、入口の門は、二本の丸太を立てただけ。木の板を地面に打ちつけた柵は、どうぞくぐり抜けてくださいとばかりに隙間が空いている。窓ガラスはあちこちに補修された跡があり、畳もすり切れている。
だが甚吉は、そんなことは気にしていないかのようにさっぱりした性格。素朴でありながら清潔な服装で、純粋さと強い意志を感じさせる面ざし。言語障害を抱えておりうまく発話をすることのできない少年・茂田とも心からの愛情をこめて向かい合い、こども達はみな彼をとても慕っている。
まさしく両極端な二人の男性。
どちらとの未来を選ぶべきか、直子の心ははげしく揺れ動く。
おしゃれで行動的な、旧習にとらわれない考えかたをする大学生の妹・千加子のあと押しも受けながら彼女は、最終的な決断をすることになる。
条件か、人柄か——もちろん単純化しすぎではあるけれども、今でもよく話題になる究極の選択。
今作の主人公はじつに映画的にドラマチックに、いったん歩を進めてしまったら二度と引き返せないという状況に追いこまれるだけでなく、どちらの道路をゆきますか、という時限つきの決断まで迫られることになる。
どうしても行かずにいられなくなってしまった道を突き進んでみる、という決断をして後には引けないところまで来てしまった身として、60年以上まえの観客に提示された他人事とは、とても思えなかった。
《フィルムからフィルムまで #3『風のある道』 了》
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