フィルムからフィルムまで #2
《二人の銀座 (1967)》
あらすじ
大学生バンドのリードギターをつとめる村木健一は、公衆電話で長話をする瀬川マコと口論をした後でボックスの中へ入り、置き忘れの楽譜を見つける。その「二人の銀座」という曲をジャズ喫茶で演奏してみたところ好評を博し、他人の作品であることを隠したまま人気者になってゆく。だがそれはマコの姉と行方不明の作曲家との、思い出の曲だった……。
※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。
たとえ一生名はなくても、僕は音楽が好きです。
ひろい芝生の上から、鳩の群れがいっせいに飛びたった。
空へと向かわずに、地上への名残を惜しむかのようにゆるやかに旋回をつづけている。
背景にはビルのほかに、東京タワーのふもとも見える。
日比谷公園だろう。
公衆電話ボックスの中では、手袋をしてベレー帽をかぶった若い女性が明るい声でしゃべっている。背後のガラスのむこうには、落ち着かないようすの同年代の男性。
うん。卵5つね。それから? ……え? ひき肉を200グラム?(しゃべりながら振りむく。男、手首の腕時計をなんども指さす。気にせず向きなおり話しつづける。男、正面へ回る)玉ねぎ1個ね、うん――わかったぁ、今夜のおかずオムレツでしょ!
(ガラスを叩いて)早くしてくれよ、早く!
(受話器を離してにらみ)わかってるわよ、うるさいわね。……ううん、お姉さんのことじゃないわ。(顔を見て)表にね、いやなやつがいるの!(聞き耳を立てていた男、むっとする。)
じゃあね、すぐ帰る。ようやく通話を終え、すぐに出ようとする。抱えた荷物からすべり落ちた楽譜には気づかない。おせえな、まったく。頭くる! ふん、と言いすて、足早にかけ去ってゆく女性。
……お互いに第一印象はサイアク、か。
カップルの理想的な(?)出会いかたって、変わらないものなんだな。
マコの置き忘れた楽譜をひろった健一。
そこに記されていた「二人の銀座」という曲をジャズ喫茶の幕あいに飛び入り演奏して喝采をうけたのをきっかけにして、話題が話題を呼び、楽曲と健一たちのグループ“東南大学Young & Fresh”の人気は、銀座の街でうなぎのぼりに高まってゆく。
メディアに取り上げられる。ジャズフェスティバルへの出演オファーを受ける。そしてとうとう、メジャーデビューの話まで舞い込んでくる。
そのまま勢いで大成功、というわけにはもちろんいかない。他人の作品を無断で公表してしまったことをマコになじられながらも、曲を世に出して有名にしてやるんだからいいじゃないか、と初めのうちは強気でいた健一も、話が大きくなってくるにつれて罪悪感にさいなまれてゆく。
行方不明だというほんとうの作曲者・戸田周一郎に会って、きちんと許可を得たい。そういう健一の側の事情と、かつての恋人に今もひそかに想いを寄せる姉(オーダーメイドの洋装店をいとなんでいる。大切な楽譜は、マコが勝手にもち出したデザインブックに挟んであったのだ)のために戸田を探しだしてあげたい、というお節介なマコの思惑とが一致して、二人は失踪した名作曲家のゆくえを追ってゆく。
やがて探りあてた居場所を訪ねていった健一らに戸田は、酔漢でにぎわうキャバレーの奥にある備えつけのピアノでもの憂げなメロディーを奏でながら、自分がプロの世界から身を引いた理由を語ってゆく。それは今回の騒動との、不思議な因縁を感じさせるようなものだった。
楽曲の件についても、マコの姉の瀬川玲子との関係についても、戸田は達観しきったような返答をする。
だが健一とマコは、それでは納得しなかった——。
身もふたもない業界の裏事情。節度をたもった恋愛関係。
あくまでもことを荒立てずに表向きには円満におさめようとする大人たちと、それを良くも悪くも若者らしいエネルギーで打破しようとする青年たちとのコントラストが鮮やかな映画だ。
プロミュージシャンとアマチュアとの差がはっきりしていたのであろう1960年代とは打って変わって、いまやYouTubeを介すれば誰でも、創作した音楽を世界にむけて発表できるようになった。
ネットショップや課金システムなども個人でも利用しやすくなり、さまざまな分野で、自分のペースを守りながら活動するクリエイターが増えてきている。そしてそうした中から、玄人はだしの実力者も登場している。
プロフェッショナルとはそんなに甘いもんじゃないんだよ、という昔ながらの台詞が今作にも出てくる。
プロフェッショナルとは、どういうものなのか?
むしろ今の時代にこそ、個々の表現者がわが身に向けて問い直さざるをえないような、切実な問いになっているのかもしれない。
《フィルムからフィルムまで #2『二人の銀座』 了》
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