フィルムからフィルムまで #1
《Love Letter (1995)》

あらすじ

法事をきっかけに他界した婚約者への思いが再燃した渡辺博子は、相手の実家のあった小樽へと手紙を出してみた。その上には国道が敷かれていて、もはや存在しないはずの住所へと宛てて。ところが、返事は届いた――元気だけれども少し風邪ぎみです、とのこと。それから中学校で同級生だったという、彼と同姓同名の女性との奇妙な文通がはじまることになり……。

※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。


思えば手紙だけの間柄でした。手紙だけで失礼させて頂きます。

 真珠のイヤリングをつけた黒衣の女性が、目を閉じて雪上に横たわっている。

 突然、まぶたをひらき、荒い呼吸をしはじめるので、息を止めていたのだ、と気がつく。

 立ち上がり、コートについている雪をはらうと、あたりいちめんまっしろな丘のゆるやかな斜面をふもとの方へと下ってゆく。

 そのようすを空の高みからじっと見守っているような、カメラの視点。

 ゆったりとした時間の流れを尊重しているかのように、カットがさし挟まれることはない。わずかずつ動きながら、法事へと向かう主人公のすがたを豆粒になっても捉え続ける。

 雪面によって自然に生じている画面右下の余白には、黒のアルファベットで、クレジットタイトルが音もなく現れては消えてゆく。

 雪空のかなたには、暗色の海景。

 ――この冒頭のシーンを観て、映画愛にあふれている映画だな、と思った。


 神戸と小樽。

 雪に包まれた二つの港町のあいだで、お互いにそっくりな顔をした(中山美穂が一人二役を演じている)渡辺博子と藤井樹(いつき)は、他界した“もうひとりの藤井樹”の記憶にまつわる手紙のやりとりを続けてゆく。

 博子につきあうかのように、生きている樹も、博子の家族や友人も、過去のことばかりを考えている。

 人だけではない。そのなかでドラマが展開される建物も、過去の記憶をまとうものばかりだ。窓はステンドグラスで庭には祖父の植えた白樺の木がある、樹の住んでいる古びた民家も、石造りの病院も、木製の書棚やカウンターに囲まれた市立図書館も、ガラス工芸の工房も。

 そんな“現在”から映画はさらに、中学時代の回想シーンへ突入してゆく。

 二人の樹たちの、出会いと別れの物語。

 まばゆい光のなかで展開されるさまざまな情景が、晴れ間のみえない厳冬期の現在と対比されることによって、よりいっそう鮮やかに感じられる。

 はじめは遊び半分のような調子で、求められるがままにちょっと気になっていた同級生のことを書き送っていた樹は、次から次へと甦ってくる記憶に、いつのまにか自分も夢中になってゆく。

 返信を受けとった博子は、今だけはとばかりに、まったく知らなかった元婚約者の学生時代の記憶に浸り込んでゆく。その母校の写真を撮って送ってほしい、と樹に依頼したり、思いあまって小樽へと旅立ち、トンネルと化したかつての住所へと実際に足を運んでみたりする。彼が遭難したまま眠っているはずの朝日を浴びた雪山へ向かって、柄でもなさそうな叫びとともに呼びかけたりもする。

 過去と現在が重なり合うような時間を過ごしてゆく。

 その結果――博子さん、よかったね。はい、お陰様で気が済みました。こっちもけっこう面白かったよ。これからは前向きに今を生きてゆきます、ありがとうさようなら――という描かれ方は、なされていない。

 心底吹っ切れました、と、はっきりした形で示されてはいない。

 ……まあこんな感じで、時にはほんのしばらくでも人生の歩みを止めて、棚上げにしておいたわだかまりと向き合ってみるのもわるくないのかもね。いやなら別に、いいんだけどさ。

 そういう風にも受けとれるような、押し付けがましさのない、抑制された演出が心地よい映画だ。

 劇場公開されたのは、1995年(平成7年)3月25日。


 返事を待ちかねていた手紙を読むという行為は、それ自体がサスペンスだ。

 ポストの中に、他の郵便物とは別格の存在を発見する。

 高揚感をおぼえながら部屋へと持ちかえる。

 とっておきの茶葉をていねいに淹れてみる。

 封筒ごと保存するつもりなので、ハサミで慎重に封を切る。

 折りたたまれた便箋をとりだし、折り目をきちんと伸ばす。

 お茶を飲みながら、その人らしい筆跡の文章を読みはじめる。


 たとえばそんなシーンが想い浮かぶ。


 いまや海外からもすぐ返信が来るし、スマートフォンをアンロックするまでもなく待ち受け画面に読みやすいデジタルフォントで表示されるのだから、隔世の感がある。

 けれども、顔も名前もわからない見えない相手と交流するうちに仲良くなってきて、どうしても実際に会ってみたくなる。そういう出来事はむしろこれから、ますます増えてゆくのかもしれない。

 どういう人だろう。どんな声をしているんだろう。空想して楽しむだけにしておくほうがいいんだろうな。でもいっぺんだけなら。いやいや、やめておこう。

 ……そうやって揺れているうちが花、なんだろうな。

《フィルムからフィルムまで #1『Love Letter』 了》



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