フィルムからフィルムまで #14
《地球(テラ)へ・・・(1980)》

あらすじ

西暦三千年をゆうに超えている未来世界。人類は、AIによる完全管理下において社会活動を営んでいた。こどもが十四歳で受ける“成人検査”はじつは、超能力をもつ少数人種“ミュウ”を選別し、排除するのが目的。危険分子とみなされた少年ジョミー・マーキス・シンは、抹殺されかかったところをミュウに助けられ、外の世界へと脱出するのだが……。(原作:竹宮惠子)

※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。


ああ。
どうかなさいましたか?
いえ……今だれかの思いが一瞬、空間を突きぬけて……。つかもうとしたら、消えてしまったの。

 地球から遠く離れたある星の地底、地上の光のいっさい届かない大空洞。

 巨大な深海魚の頭を思わせる宇宙船から、無数のとてもちいさな灯りが漏れている。銀河の星々を、ほんの二つまみほど、拝借してきて振りかけたみたいに。

 そんな灯りのうちのひとつ。

 ひろびろとした近未来的室内。

 ハープが奏でられ、シンプルなメロディーが鳴り響いている。

 窓のそばにある円卓では、若草色のゆったりとしたローブをまとった人物が、紫のカードを一枚一枚、伏せて並べている。卓の中央に埋めこまれているのは、水晶玉めいた球体。宇宙の一部を閉じこめたような模様。

 入口のドアが左右にひらき、マントをまとった青い髪の青年が入ってきた。

 カードをあつかっている細長い指の主が、声をかける。


 ソルジャー・ブルー。あなたですね。

 君は、この部屋が好きだね。

 お知らせに上がろうと思っていたところです。嬉しい結果が……。


 正面を向いたまま話をするその髪の長い女性の二つのまぶたは、重力には抵抗いたしません、とでもいうように、しっかりと閉じられたままだ――そしてこの先も開かれることはないだろう、物語が佳境にさしかかっても。長いまつ毛が、まっすぐに床まで届いている黒髪とあいまって、瞑想的な印象を与えている。

 憂いを帯びた表情で、ソルジャー・ブルーが応じる。


 占いか。

 (頷いて)何かが変わる予感です。未知の、大きな力が、わたしたちの元に――。

 もういい!(ハープの演奏がやむ)つかみどころのない占いの結果など……僕の知りたいのは、もっと確かな未来だ!

 ソルジャー……。


 声が荒ぶるのもかまわずに、超能力をもつがゆえに長いあいだ迫害を受けてきた少数人種の悲哀を訴える“ミュウ”の長、ソルジャー・ブルー。いつまでこんな地底の闇のなかに、息を潜めていなければならないのか?

 我に返り、占い師・フィシスにとり乱してしまったことを詫びるも、憂愁は深まるばかり。


 地球(テラ)は遠い……。今の僕にとって、地球(テラ)はあまりに遠すぎる。


 大気が汚染され、土壌は荒廃し、海から魚もいなくなり、いちどは死滅してしまった地球。人類は宇宙へと逃れて地球自身による回復に委ね、ようやく再び人が住めるようになってきたらしい。

 いつかは地球へ……長年の悲願。だが彼には、死期が迫っている。志を、記憶を、受け継がねばならない。ミュウの未来を託せる人物に。

 現実で巡り会うのは、もうすぐだった。

 物理的な距離を飛び越えて、もう夢の世界で幾度も会っている、その人物と。


 映画を通じて、宇宙の内包するとてつもない時間のスケールと、人の生に与えられたほんのわずかな歳月のはかなさとが対比されている。

 119分の合間合間に、「3年後」「5年後」「10年後」とテロップがさし挟まれながら、主要人物たちが少年から青年へと成長してゆき、やがて壮年へと至るまでの数十年間が描かれる――のだけれども。

 超能力を備えた新人類“ミュウ”のリーダー・ジョミーの外見は、14歳からまったく変化しない。かたや人類側のリーダー格・キースの顔や体格は、年齢相応に変貌をとげてゆくのとは対照的だ。

 そしてジョミーの息子、超能力と知性に秀でた“完全なミュウ”であるトォニィは、3歳の時に重傷を負って昏睡しているあいだに、肉体がみるみる12歳前後にまで成長してしまう。精神はそのままなのだけれども、そもそも異様に大人びているため、もはや“年齢”という物差しでは測れないような存在になっている。
 外見と中身、肉体と精神との一致と、不一致。

 現実に根をはった常識的感覚を大胆に揺さぶってくる、SF的想像力。

 考えてみれば、記憶を辿ることをする時にはしょっちゅう、イメージの中でこどもに返って解体するまえの実家にいたり、十数年前に返って、滅多に会わなくなってしまった同級生と酒を酌み交わしたりしているわけで。

 心の中の自由度を、もっと高めてみたくなった。


 声、というのも不思議なものだ。

 今作で演じている声優の一人は、年齢を重ねても声色がほとんど変わらないことで有名だ。並々ならぬ努力の成果なのだろうけれども、現実の肉体も、神秘に満ちている。

 自分の声って、どんな風に変わってきたんだろう。

 そもそも耳を介さない客観的な肉声を、ほとんど聞いた憶えがない。ボイスレコーダーは数えるほどしか使ったことがないし、音声データのありかも判らない。ホームビデオを撮るような家庭でもなかったし。

 昔ながらの日々の記録といえば、文章をつづる日記だけれども。せっかくスマートフォンという万能デバイスを手にしているのだから、折にふれての心境を声というかたちで残しておくのも、面白いのかもしれない。

《フィルムからフィルムまで #14『地球(テラ)へ・・・』 了》



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