フィルムからフィルムまで #11
《美わしき歳月(1955)》

あらすじ

戦争で兄と両親を亡くした桜子は、祖母と田村町(現在の東京都港区西新橋)で花屋を営んでいる。兄とは中学時代からの友人だった今西・仲尾・袴田の三人は、よく店へ顔をみせに来たりして、ふたりを気にかけてくれている。今西と桜子は、ひかえめにしながらも思い合っている間柄。ところがお互いに、将来についての決断を迫られるような出来事が起こり……。

※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。


……変わったな。俺たちは、だんだん話が合わなくなるね。
しょうがないさ。いつまでも、中学生みたいな気持ちでいられるもんか。

 空いている広めの道路を、黒塗りの高級車がゆっくりと走っている。

 交通量の多い交差点にさしかかる。

 右から飛びだしてきた自転車を避けようと、運転手が左へハンドルをきる――あっ、と声をあげ、急停車する。

 車のドアを開け、あわてて出てくる運転手。路上に倒れている高齢の女性に声をかけ、抱き起こそうとする。笑いながらはきはき応じている様子からは、大したことはなさそうに見える。やじうまが集まってくる。ハットをかぶった高齢の男性が車から降りてきて、女性に声をかける。


 お怪我はありませんでしたか。

 ええ、大丈夫です。あたしがとんまなもんだから。


 片腕をとって支えながら、病院へ参りましょう、という男性の申し出に女性は、どうぞご心配なく、と振り払うようにして、かえって迷惑げな様子。何かあるといけませんから、責任がありますから、となおも主張してくるので、それなら知り合いの病院へ、とリクエストをする。あなたのお気も済むし、わたしもね、しばらくご無沙汰してるんで、行ってみようかと思ってたとこなんですよ。

 車道に面している、敷地がひろくて横に長い、なかなか立派な造りの病院。

 廊下では、四人の看護師が集まって、何やらひそひそ話をしている。

 今西先生いらっしゃいますか、と彼女たちに呼びかけるおばあさん。

 いっせいに顔を向ける。

 院長先生とお話し中なんです、とひとりが応じる。


 仕事机のイスに腰かけた中年男性が、煙草をふかしながら、白衣を着た若い医師を叱責している。どうやら彼は、入院費や治療費を払えない急患を断ることができずに、次から次へと受け入れてしまっているらしい。勝手に入院の手配をしたり、薬局に口をきいてあげたり。……いったい誰が金を払うんだね。ここは君の病院じゃないんだ。


 そりゃあの人たちは、君を神様のように有難がるだろうさ。美談だからね。(若い医師、うつむいていた顔を上げ、きっと院長を見る)さぞかし君は、いい気持ちだろうねえ。


 失礼します、と、背を向けてドアちかくのロッカーのほうへと歩いてゆく若い医師。白衣を脱いで、ロッカーから荷物をとりだす。君なんか、まだまだ一人前の医者じゃないんだぜ。悪いと思ったら素直に謝ったらどうかね。

 それにも応じずに、お世話になりました、と憮然として出ていってしまう。そのまますたすたと病院の玄関からも出てゆこうとする彼の背中に、今西さん、と先ほどのおばあさんが声をかける。振り返ると、すこし意外そうに戻ってくる。


 ああ……どうしたんです?

 (親しみのこもった笑顔で)あなたに、見ていただこうと思ってね。

 僕はたったいまこの病院を辞めて、出ていくところなんです。

 えっ? またケンカ?

 ええ……あんまり、しゃくにさわるから。

 (あきれたように)いけませんよ、一体どうしたんです?


 廊下へ出てきた院長に見られているのに気がつくと、挨拶もそこそこに立ち去ってしまう今西。

 困った人だ、と、戦争で他界した孫の友人を眺めやるおばあさん。

 ほどなくして、今西も自分のもうひとりの孫娘も、そろって人生の岐路に立たされることになろうとは、彼女にはまだ知る由もなかった。


 まだ新米の医師。花屋の跡継ぎ。工場作業員。キャバレーのドラマー。

 家庭環境や職業の異なる若者たちが、時にぶつかりあい、時に助けあいながらそれぞれの将来を模索してゆく。

 演出はとても抑制されている。大げさに暴れ回ったり泣きわめいたりするようなシーンは一つもない。だから、口論の末についかっとなって突き飛ばしてしまい、地面に転ばせる、というだけの行為でもきわだって、大変なことをしでかしたように見える。

 太平洋戦争、という十年前の圧倒的な暴力にたいする反動だったのだろうか。両親と兄を失ったという桜子の家の設定をはじめとして、この映画の端々にも、戦争の記憶が顔をのぞかせている。

 そしてみな、自分と関わる相手への向かい合いかたが、とてもまじめだ。主役のカップルである今西と桜子でさえ、けっきょく最後まで手をつなごうともしない。他界した友人の妹/他界した兄の友人、という関係性からくる遠慮もあったのかもしれないけれども。

 それでも、ひとりひとりの心理的葛藤や、誤解によるすれ違いと和解などがていねいに描かれているので、充分に見応えがあった。


 合わなくなってきた昔からの友人。お互いに思いを明かせない幼なじみ。会っているうちになぜか親しくなった、交通事故の加害者と被害者。

 さまざまなペアがさまざまな場所で、じっくりと会話を交わす。建設現場の音が遠くに響いている川のほとりで、ジャズの生演奏が流れるキャバレーで、レンガの敷かれたまっすぐな並木道で。品のいいモノクロームの映像で記録された昭和30年の風景も魅力的だ(現在も営業中の新宿の名曲喫茶「らんぶる」が、重要な会話シーンで登場したりもする)。

 仕事の内容には惹かれるけれども、遠距離恋愛になってしまう。病気の親が、入院するよりも家にいたがっている。近ごろは、子どもの考えていることがよくわからない――これから日本全体で上がってゆこう、という高度経済成長期の入口にさしかかったころの人達の悩みも、現代のわたしたちのそれに通じている。


 今夜は飲むぞ。

 ああ、飲もう。

 腰をすえて、じっくりと語り合う。

 しばらくやってないな、そんなこと。

《フィルムからフィルムまで #11『美わしき歳月』 了》



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