フィルムからフィルムまで #6
《銀河鉄道999(1979)》
あらすじ
銀河鉄道を利用した惑星間旅行があたりまえになっている未来世界。地球で暮らす少年・星野鉄郎は、母親のかたきである時間伯爵を探しだす旅へ出るためになんとかして超特急999号に乗ろうとするうちに、謎の女性・メーテルと巡り会う。彼女も同行することを条件にパスを手に入れた鉄郎は、機械の体をくれるという星を目指して出発するのだった……。(原作:松本零士)
※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。
光も影も、あたしのからだを通り抜けてしまいます——それがあたしはとても寂しいのです。
音のない宇宙空間に天体が浮かんでいる。
雲のような渦を幾重にも巻いて同心円状にひろがっている。
アンドロメダ銀河だろうか。
ゆっくりとズームインしてゆきながら、一文字ずつ、言葉が現れる。
ひとが
この世に生まれる前から
この星は輝き
ひとが
この世から去ったあとも
この星は輝き続ける
すうっ、とすべての言葉が消滅し、また一文字ずつ、現れはじめる。
さらにズームインしてゆきながら。
生きているとき
ひとは
この星の海を見上げ
みずからの行末を想う……
画面が静止した。
星の海のなかのオレンジの一点が、煌めいた。
古めかしい走行音を響かせながら、機関車型の鉄道がすごいスピードでこちらへ向かってくる。顔に付いている“999”の丸いプレートが見えたかと思うと大きく左へカーブして、そのまま彼方へと走り去ってゆく。
煙突から吐き出されるけむりを飛行機雲のように長くたなびかせながら、右から左へ、手前から奥へと宇宙空間の見えないレールの上を駆け抜けてゆく。
落ち着いた男性の声のナレーションは、悠久の時の流れのなかを旅に生きては旅に死んでゆく人間のさだめを、淡々と語っている。
999号と鮮やかなコントラストをなす近未来的宇宙船が、クジラのようにゆっくりと横切ってゆく――通り過ぎたあとに浮かんでいるのは、丸い青い星。
列車はいま、スキーのジャンプ台のようにせり上がりながら海上まで突き出ている線路の先端へと着地した――地球の人工物に、接触した。汽笛をひとつ高らかに鳴らしながら、夕焼け空の下に立ちならぶ高層ビル群のあいだを走りぬけて、銀河鉄道旅行センターの構内へと入ってゆく。
地球へやってきた乗客たちの目的は、里帰りだろうか、ビジネストリップだろうか。もうしばらくしたら同じ列車でひとりの少年が、大気圏の外へと旅立ってゆくのだ。
機械の体を手に入れて、永遠に宇宙を旅しつづけるために。
目は口ほどに物を言う――この映画の大人たちを見ていると思い出す言葉。自分の過去や行動の理由について、みな多くを語ろうとはしない。けれども冷淡というわけではなくて、むしろ胸の内に万感の思いを秘めているようにも見える。
大きな瞳でじっと見つめるだけだったり、良い知らせではないことを態度で匂わせてから一言で事実を告げたり、自らの意に反する結末を迎えても「これでよかったの」としか言い残さなかったり。表情の動きも控えめで、鉄郎らこどもたちの感情表現の豊かさとは対照的だ。
控えめどころか、表現器官が存在しない――そんな人物さえ登場する。
機械の身体にしたものの、どうしても満足できる顔が作れなかったので結局のっぺらぼうにしているという冥王星の氷の墓の管理人、シャドウ。
999号の食堂車で給仕をしているクレアの顔も、鼻と両目の窪みがあるのみで、まぶたや瞳、口はない。会話はするけれども、口元で表情を表現できない。そしてクリスタルガラス製だという流線型をきわめた身体は、かぎりなく透き通っている。かざした手の向こうがわに、相手の顔がはっきりと見えるくらいに。
そうした人間たちとは対照的に、999号のじつはハイテクな動力機関や、鉄郎に踏み潰された他人の夢をのぞける機械・ドリームセンサーの残骸、タイヤなしの車が滑るように走行しているチューブ型の道路など、完全なる人工物には中身がはっきりと見えるものが多いのは、何かを示唆しているのだろうか。
1990年代の後半から2000年代の前半ごろにかけて、内部の機構が透けてみえるようないわゆる“スケルトン”デザインの家電やゲーム機が多く作られていた。
何かの中身がどうなっているのか見てみたい、というのは自然な願望だけれども、つねにまる見え状態というのも落ち着かない。舞台裏をていねいに追ったドキュメンタリーやノンフィクションは個人的に好きだし、生活や仕事のなかでは腹をくくって現実を見据えねばならない時もある。でもだからといって、全ての対象について明けすけに知りたいわけではない。
……ええ、もちろん、他人の心も。
《フィルムからフィルムまで #6『銀河鉄道999』 了》
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