フィルムからフィルムまで #5
《リング(1998)》

あらすじ

テレビ局のディレクターをつとめる浅川玲子は、ちまたで噂になっている都市伝説の取材を進めてゆくなかで、見た人間は七日後に必ず他界する、というビデオテープを再生してしまい、直後に不可解な体験をする。小さな息子を独りにするわけにはいかない。記憶を読みとる力をもつ元夫の協力を得ながら、映像に籠められた謎を解き明かそうとするのだが……。(原作:鈴木光司)

※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。


あの噂は、どこから来たの?
最初に言いだしたやつなんかはいない。皆が不安に思ったことが噂になる。
不安……。
あるいは——そうなって欲しい、って期待かな。

 船を出すのはためらわれそうな、大きくうねっている夜の海面。

 そこへうっすらとオーバラップされてくる、きめ細やかな格子のパターン。

 正体はなんだろう。

 ブラウン管テレビの画面のクロースアップだ。

 このころの映像の質感そのものを、まざまざと意識させられる。


 9月5日、日曜日。

 親が球場まで観に行っているらしい巨人対ヤクルト戦のナイター中継をへやのテレビで流しながら、高校生の倉橋雅美が遊びにきた大石智子に、奇怪な噂について話している。

 あるこどもが旅先のペンションのテレビでいつも見ている番組を録画しようとしたが、地元とは放映チャンネルが違っていた。その砂嵐しか録れていないはずのビデオテープにところが、おかしなものが映っていたのだ。


 ――家に帰って見たら、いきなり女の人が映って、(智子をキッと指さし)おまえは一週間後に死ぬ! って。びっくりしてビデオ止めたら電話がかかってきて、(低い声で)見ただろ……。その子、一週間たっておなじ時間に死んじゃったんだって。


 コント番組を見ているかのように笑いころげる雅美。ところが勉強机のいすに腰かけている智子は、くすりともしない。不審がる雅美に、うつむいたまま不安げにうちあける。まさにグループ旅行の宿泊先で、“変なビデオ”を見てしまったのだという。しかも、ちょうど見終わった時に電話がかかってきた。自分は出なかったけれども、無言電話だったらしい。


 みんなもあの噂、知ってたからさ。(雅美の目を見て)今日で一週間なの。

 (なんとも言えない間の後に、ひきつり笑いをして)ちょっと……あたしを脅かそうとしてるんでしょ。


 雅美を見つめ続ける智子——と、いきなり顔をほころばせて、わかった?
 なぁんだやっぱり、と一気にほぐれる場の緊張。それまでの不穏なムードをかき消そうとするかのように、智子を押し倒したり頬をつねったり、大げさにはしゃぎまくる雅美。もう、びっくりしたぁ。


 高らかに鳴り響く電話のベル。


 一階からだ。

 凍りつく二人。

 床に仰向けになったまま智子は、上方の何かを一心に見つめている。

 恐る恐る振り返ってみる雅美。

 丸い壁かけ時計の針は、9時40分を指し示している。

 鳴りつづける呼び出し音のなか、あきらかに怯えてみえる智子。


 ……ほんとなの?


 無理やりやらされているかのように微妙な頷きかたをする智子。

 跳ね起きてへやのドアを開け、階段へ駆けだしてゆく雅美。

 呼びかけながら、慌ててあとを追いかける智子。


 ——幻想と現実が、交錯する。


 人間の社会は、あちこちで似たような出来事が繰り返されることによって成立している。この映画を観ていると、そんなことに改めて気付かされる。登場人物たちはさまざまな行動を繰り返し行うことによって、じわじわとしかし確実に、“新たな始まりの終わり”へと向かってゆく。


 時計を見て、いま何時かたしかめる。

 電話に出たり、電話をかけたりする。

 ビデオテープをダビングする。

 テープに焼き付けられた映像を、巻き戻しやコマ送りをしながら分析する。

 封じられていた古井戸のふたをこじ開けて、ロープで底まで降りてゆき、まっくらな水を延々とバケツで汲み上げる。


 そもそも噂ばなしや都市伝説じたいが、繰り返しを宿命づけられた営みだ。一つの話が人の口を介して伝えられてゆくうちに味つけされたり誤解されたりして、原型から少なからず変化してしまう。

 そのことを象徴するかのように、雅美が智子に語ったビデオテープの内容はどこか大げさで、のちほど観客も目にすることになる“実物”のそれとは、似ても似つかない。

 実物はどういうものか?

 ある意味ではとても地味なのだけれども、挑発的な不可解さをたっぷりと含んでおり、だからこそかえって好奇心をそそられるようなものだ。


 学校の怪談、いまでも変わっていないのだろうか。

 当時、話の出どころを探ろうなどとは思わなかったけれども案外、教師や用務員などの大人だったのかもしれない。夏の夕方とか肝試しの時とか、何かのおりに生徒が聞いた話を誰かに語ったものが、小さなコミュニティの中で広まってゆく。あるいは、それこそ『学校の怪談』系のコンテンツから誰かが仕入れてアレンジを加えて、まことしやかに言いふらしたのかもしれない。

 ——この映画の内容が筆者によって大げさに改変されてはいないか気になるかたは、“実物”をご覧になって、検証してみてはいかがでしょうか。

《フィルムからフィルムまで #5『リング』 了》



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