フィルムからフィルムまで #20
《ラヂオの女王(1935)》
あらすじ
しにせの薬屋の娘・見染貴美子は、幼稚園に勤めており、こどもたちからとても慕われている。パイロットをめざす飛行機会社の息子・金森欽吾とは、お互いに思い合う仲。ところがどちらの父親も頑固者で、相手の子のことを意地でも認めようとしない。二人は自分たちの株を上げるために計画を練るのだが……。
※この連載では、冒頭シーンの描写もふくめて、あるていどストーリーの展開に触れています。あらかじめご了承ください。
このごろの偉い人は、みんなラヂオに出たがっている。
ラジオが世の中に広まりはじめたころの、とある郊外の一軒家。
縁側のある庭先では、軽快なピアノ伴奏と、いっち、にぃ、さんっ、しっ、とくりかえされる威勢のいいかけ声に合わせて、父親と二人のこども、それに御用を聞きにきたらしい前掛けをした商店員まで加わって、両腕をテキパキと上げ下げしている――れいめい期の、ラジオ体操の風景だ。
小学校の校庭でも、整列したこどもたちが壇上の先生の動きに合わせて、まったくおなじ動作をくりかえしている。
まったくおなじ放送の聞こえてくる一室のベッドで、口髭を生やした着物すがたの男性が、かけ布団をのけてからだを起こした。不機嫌そうだ。
奥の壁ぎわにはりっぱな甲冑が鎮座しており、木製の棚には、アンティークらしき大皿や花瓶がずらり。
呼び鈴を鳴らし、やってきた女中に奥さんを呼ぶよう言いつけると、ふたたび布団をかぶって寝てしまう。
きちんとした着物すがたの奥さんが入ってきた。ほほえみながら、布団のなかの飛行機会社社長・金森士郎五郎に声をかける。
なんですの、朝っぱらから。
(外のほうへ首を振って)あれをやめさせい、あれを。
あれってなんです。
(腕を出し、指をさして)ばか、ラヂオじゃ。
だってあれは、お隣のじゃありませんか。
(起き上がり)お隣のでもなんでもかまわん、やめさせい。(両手で耳をおさえて)うるさくって、寝られやしない。
金森社長、どうも古風なたちで、新時代のメディアがお気に召さないようす。とても身体にいいそうだ、と奥さんから勧められても、それなら自分でやればいい、とはねつけてしまう。
べつの部屋では息子の欽吾が、こちらはにこやかにクロゼットの鏡を見ながら学生服を身につけている。飛行服すがたのパイロットの写真が、額入りで壁にかざられている。
夫婦はしばらく言い合うものの、旦那にはとりつく島がない。
わしはラヂオで、寿命を縮めてるようなもんじゃよ。
本当に、あなたほどラヂオぎらいの人、知りませんわ。少しは大阪堂の惣兵衛さんを見習ったらどうですの?
その言葉にたがわず、従業員を一堂に集めて、ランニングシャツ一枚、やる気満々にラジオ体操をしているしにせ薬舗の当主・身染惣兵衛。とはいえ、こちらもやり手の商人らしい癖のある人物で、娘の貴美子とは対照的なのだ。
そろって頑固な父親をもった、欽吾と貴美子。なんとか自分たちを認めてもらおうとして、それぞれに計画を練るのだった。
全国各地で同じ番組がいっせいに放送され、それをさまざまな境遇の人々が、同時に耳にする。リアルタイム・マス・メディアとしてラジオが普及しはじめたころの世相が、コミカルに活き活きと描かれている。
ヒロインの貴美子は、歌のうまいこども好きの先生として幼稚園に勤めていたのだけれども、近くで撮影をしていた映画監督が歌声を耳にしたのをきっかけに、銀幕デビューを果たす。
けっきょく理不尽な演技を強いられたために俳優はやめてしまうものの、こんどはラジオ放送の関係者にスカウトされる。
全国に向けて、じまんの美声で童謡や童話を披露するや、たちまち大ブレイク。ラヂオの女王として、新聞を賑わせるほどの人気者になってゆく。歌のおねえさんの走りのような存在に当たるのだろうか。
いっぽう彼女の実家では、雑誌の特集にヒントをえて、イベントで芸能人に自家製の薬を宣伝してもらったり、欽吾の実家の飛行機会社でも、性能をアピールするために新京(旧満洲国の首都)へのフライトを企画するなど、昭和初期のメディアによる広告・宣伝のようすもうかがい知ることができる。
思い返してみると、こどもの自分にとってのマスメディアは、テレビ・テレビ・テレビだった。うちに帰ってきて落ち着いたらとりあえずテレビをつけて、手当たり次第にあちこちのチャンネルを映してみていたような気がする。
ラジオ時代のこどもたちは、ダイヤルをいじって周波数を合わせながら、あちこちの放送局の番組を聞きあさっていたのだろうか。
現代のこどもたちは、タブレットの画面をタッチしながら、好きなアニメがはじまるまえにテレビの前に座らなきゃ、と慌てたりすることもなく、見逃がし配信の番組を見ているのだろう。
なに見てるの……へえ、白黒じゃん。どうやって見つけたの?
わかんない。なんか、おすすめに出てきた。
鳩ぽっぽのうた、歌ってる。おんなじだね。
ね。
ラヂオの女王、だって。昔からこういう人がいたんだねえ。
どうぶつの鳴きまねする芸人が出てきてさ、めちゃくちゃうまかった。
ふうん。
――案外、こういう会話が生まれていたりして。
《フィルムからフィルムまで #20『ラヂオの女王』 了》
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