下町びとの少し昔話
第1回 商店街のような街道《柴又》

まえがき 事実/小説、いずれも奇なり


 この連載では、前の週の『平成おとぎ草子』に登場した下町のスポットなどについて、記憶を辿りなおしながら改めてご紹介してゆきます。こちらをお読みになってから小説世界に戻っていただくと、異なった風景が脳裏に浮かんでくるかもしれません。

 ドラマ『孤独のグルメ』の最後には、その回に登場したお店を原作者の久住昌之氏が実際に訪問する『ふらっとQUSUMI』というコーナーがありますが、このエッセイも、小説に伴走して励ますような存在になってほしいと思っています。

商店街のような街道

 『下町の龍宮』の序盤、乗りなれてきた新しい自転車にのって真夏の追い風に押されながら主人公が走りぬけてゆくのは「柴又街道」。ローカルバスや大型トラックがすれ違うときにはかなり窮屈そうな、昔ながらの二車線の都道です。

 常磐線の金町駅にほどちかい水戸街道の交差点からスタートして、「寅さん」で有名な柴又帝釈天の参道や総武線の線路と交わりつつ、東京湾へとそそいでいる旧江戸川の堤防にいたるまで、葛飾区と江戸川区を南北につらぬいています。

 バスで、自転車で、ときには徒歩や、深夜料金のタクシーで――こどものころから今に至るまで何往復したのかわからないくらい、身近な道路です。

 ところで、下町の個人商店があるのは、駅前の商店街だけではありません。

 住宅街のなかにも、理髪店や八百屋、中華料理屋やカラオケスナックなど、近隣住民の暮らしに密着したささやかな商業エリアが存在しています。

 街なかだけでもありません。

 柴又街道の両側の歩道ぞいにも、時計屋・写真館・テーラー・小料理屋・豆腐屋・布団屋・自動車の修理工場などが、民家や派出所や公園にまじって立ち並んでいる。

 通りぬけてゆくうちに、まるで街道そのものが一本の商店街のようにも思えてきます。さしずめ自動車は、道の真中をつぎつぎに通り過ぎてゆくだけの、つれないお客たち。小岩~柴又~金町あたりはまだ道路の拡張工事がほとんどなされていないため、よけいにそう感じさせるのかもしれません。

 そういった風情なので、大規模な再開発の行われているJR線の駅前と比べると変化の波はゆるやかなのですが、それでもふとしたときに、見慣れた景色が確実に変化していっていることに気がつきます。

 商店にシャッターが降ろされて、閉店のご挨拶の書かれた紙が貼りつけてあったり。アパートの跡地がコインパーキングになっていたり。雑草が生え出している四角い更地に、もとは何があったのかも思い出せなかったり。

 ……日本のあちこちで、似たようなことが起こっているのでしょうね。




《下町びとの少し昔話 第1回 商店街のような街道 了》