下町びとの少し昔話
第3回 一回五十円のアトラクション《あちこちの暗くはないゲームセンター》

まえがき 事実/小説、いずれも奇なり


 この連載では、前の週の『平成おとぎ草子』に登場した下町のスポットなどについて、記憶を辿りなおしながら改めてご紹介してゆきます。こちらをお読みになってから小説世界に戻っていただくと、異なった風景が脳裏に浮かんでくるかもしれません。

 ドラマ『孤独のグルメ』の最後には、その回に登場したお店を原作者の久住昌之氏が実際に訪問する『ふらっとQUSUMI』というコーナーがありますが、このエッセイも、小説に伴走して励ますような存在になってほしいと思っています。

一回五十円のアトラクション

 『こぶはとらねど夢はとる』の序盤、主人公のルミは、地元のイトーヨーカドーの七階にある“屋上遊園地”を訪れます。そこで友人の兄のすすめでアーケードゲームを初めてプレイして、テレビゲームとは異なる魅力にとり憑かれてゆく。

 昔のゲームセンター、というと照明が暗くていかがわしくて……というイメージがあるかもしれませんが、そういう本格的な(?)店舗以外にもアーケードゲームを楽しめる場所が、以前はあちこちにありました。デパートの階段のひろめの踊り場にも、温泉旅館で湯上がりにくつろぐためのスペースにも、ボウリング場の受付のそばにある順番待ちのための空間にも。

 そうした場所に並んでいるテーブル型のゲーム筐体は、一台一台が、家具のような存在感を放っていました。昭和からの喫茶店では実際に“テーブル”がわりに使われていたりもする、黒い画面の上に、分厚いガラスの張られている箱。存在感のあるレバーやボタンによって操作するおもしろい夢のような映像を、繰り返し再生できるマシン。

 家からわざわざ足を運び、目当てのゲームに先客がいたら空くまで待って、両替した硬貨を投入して、ようやくプレイを開始する――今にして思えば、電車やバスにゆられてテーマパークまで行き、パスポートを買い、長時間並んでアトラクションに乗るよりもずっとお気軽に愉しめる、イベント感のある体験でした。

 フィルムカメラの根強い人気に代表されるように、よくできた古めかしい機械たちの需要は、今後も無くなることはないでしょう。やたらと重くて奥行きのある、70年代の家具調テレビを愛用している若者もいるのだとか。

 シンプルきわまる物がもてはやされる一方で、やたらと手間のかかる物も注目を浴びる。急な坂道を自転車でくだってゆくときには軽くブレーキを効かせたくなるように、現代社会の急激な変化にたいして、世界が、微妙な調整を試みようとしているのかもしれません。




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